横浜地方裁判所川崎支部 昭和41年(ワ)179号 判決 1967年12月12日
主文
被告らは原告に対し、別紙第一目録の被告各自の氏名欄に照応する金額欄記載の金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り原告において、被告らのために、別紙第一目録の被告各自の氏名欄に照応する保証金額欄記載の金員を担保として供するときは、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
一、原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し別紙第二目録(債権目録)中、被告各人の氏名欄に照応する請求金額欄記載の金員およびこれに対する昭和四一年四月一日以降右完済に至るまで金一〇〇円につき一日金二銭八厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決おびよ仮執行の宣言を求めた。
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告の請求原因
一、原告は大阪市福島区海老江下三丁目四七番地新外新東洋硝子株式会社の従業員約一、一五〇名をもつて組織する法人格を有する労働組合であり、被告らは川崎市所在の右訴外会社川崎工場の従業員であり、原告組合の組合員であつて、原告組合川崎支部に属していたが、いずれも後に脱退した。
二、原告組合と訴外会社との間において、昭和四〇年八月以降機構改革、人員整理をめぐる労働争議が発生し、右争議は昭和四一年三月一七日妥結した。
その間、訴外会社より昭和四〇年年末一時金が訴外会社従業員に支給されなかつたため、原告組合は組合員に対し、右一時金が訴外会社より支給されるまでの間、各人の基準内賃金に家族手当を加えた額の一か月分に相当する別紙第二目録(債権目録)添付別表中被告各人の氏名欄に照応する貸付金額欄記載の金員を、同表中貸付年月日欄記載の日に、右一時金が訴外会社より被告各人に支給されたとき、即日原告組合川崎支部に持参支払うこと、右期日に弁済しないときは完済まで金一〇〇円につき一日金二銭八厘の割合による遅延損害金を支払うこと、の約旨でそれぞれ貸付け、被告各人は同日これを受領した。
三、右年末一時金は、昭和四一年三月二日に訴外会社より被告らを含む従業員に対し、各人の基準内賃金に家族手当を加えた額の七割に相当する金員(本件被告各人についていえば、別紙第二目録添付別表第四欄記載の金員)が支給され、被告ら以外の従業員で、前項の借入れをした組合員は、すべて原告組合に弁済済みである。
四、しかるに、被告らは原告の請求にもかかわらず弁済しないので原告は本訴において、その貸付金額中、訴外会社より被告らが支給を受けた一時金の額の限度で、その支払いを求めようとするものであるが、被告らは昭和四一年一〇月二四日付の本訴における準備書面により、原告組合脱退に伴い、被告らが原告組合に対し脱退の際には返還する約で預託していた、預託金各金八、八〇〇円を自働債権とし、被告各人に対する原告の本件貸金債権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をなしたから、原告は別紙第二目録添付別表第五欄記載の金額の限度で右相殺を認め、訴外会社より被告らが支給を受けた金額より、右相殺により消滅した金額を差引いた金額の支払とこれに対する弁済期後の昭和四一年四月一日以降支払済みに至るまで、前記約定による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告らの答弁および主張
一、答弁
請求原因第一項は認める。同第二項前段は認める、後段は原告主張の日に被告らが金員を原告組合より借受けたことは認めるが、その余は否認する。同第三項、第四項は争う。
二、主張
(一)被告らが実際借用した金員は、原告主張の貸付金額より、組合闘争分担金と称して金二、〇〇〇円宛を差引かれた残額に過ぎない。
右借用金は、被告らが闘争に耐えぬくための生活の補助として借受けたものであつて、この金員の返済については、別途に十分協議するとの約定があつたものであるが、その後この協議は全然なされていないのであるから、未だ弁済期は到来していない。
(二)訴外会社から、原告主張のとおり年末一時金が支給されたが実際支給金額は更にこれより諸種の控除がなされた残額が支給されたのであり、その詳細は別紙会社支給の一時金一覧表のとおりである。従つて、仮りに原告主張のとおり支給金額を原告に弁済すべきものであるとしても、それは現実の支給金額以上を返済する趣旨の約定ではないから、右の実際支給金額を超える分については、即時弁済すべき義務はない。
(三)仮りに、被告らが何らかの理由により現に原告に対して、本件貸金の全部または一部の支払義務を負うものとすれば、被告らは昭和三八年頃より昭和四〇年末頃までの間、数次にわたり、各自原告組合に対し合計金八、八〇〇円宛を、被告らが原告組合を脱退したときは直ちに原告組合より返還を受ける旨の約定のもとに、預託していたものであるところ、被告らは別紙組合脱退一覧表記載の日にそれぞれ原告組合を脱退したから、右預託金の返還を受くべき請求を有する。よつて、右預託金返還請求権を自働債権とし、本件貸金返還請求権を受働債権として、本訴(昭和四一年一〇月二四日付準備書面)により対当額において相殺の意思表示をする。従つて被告は右相殺によつて消滅した額の限度において本件貸金の支払義務を免れるものである。
(四)原告は昭和四一年三月四日頃、被告らに対し、被告らが訴外会社から支給された一時金のうち被告主張の実際支給額を超える部分については、その債権を放棄し、被告の債務を一部免除したものである。
(五)本件賃金は、元来勤務先たる新東洋硝子株式会社に対するいわゆる指名解雇反対斗争に際し、争議のため会社側より昭和四〇年末の賞与金の支払がなされなかつたので、組合員が右闘争に耐え得るようにその生活を組合が補助するという目的の下に貸付が行われたものであり、しかも、原告は貸付に当り、右貸付は組合全員洩れなく借受けるよう要求し、もし、個人の都合により借りないというような者があれば、この者は組合の組織を破壊するものであるなどと宣伝して、貸付が行われた。そして、貸付に当り原告組合は、組合員に対し、その弁済期については、予め確定した日を定めず、将来において貸付を受けた者との間で必要に応じ十分協議を遂げることとし、その上で無理のない返済ができるように弁済方法を講ずるから心配は要らないと申向け、被告らはこれを諒承してそれぞれ貸付を受けたものである。(甲第一ないし第三〇号証の借用申込書記載の弁済期等は単なる例文に過ぎず、拘束力はない。)しかるに、原告はその後被告らに対し、本件貸金の弁済方法につき何ら格別の協議を遂げることもなく、突如として当時未だ原告組合員であつた被告らに対して本訴を提起し、本件貸金の即時弁済を要求し、被告らをして原告組合よりの脱退を余儀なくしたものである。すなわち弁済期に関しては、貸付の経緯、契約内容等に鑑み、原告は被告らの立場を尊重して十分協議を行わなければならないのに、何らこのような手続を経ることなく本訴を提起したのであるから、未だその弁済期は到来していない。昭和四一年三月四日頃の支部大会において、原告が組合員に対し本件貸金の弁済を求めた事実はないが、仮りに原告主張のとおり右のような要求があつたとしても、何らの協議もなされなかつたのであるから、原告の一方的な弁済要求により弁済期が到来する理由はない。
更に仮りに何らかの理由により本件貸金の弁済期がすでに到来したものとしても、右のような経過及び事実関係に照し、原告の本訴請求は余りにも恣意に失し、信義誠実の原則に背馳するものであつて、貸主としての権利を濫用するものであるから、到底許されない。
第四、被告の主張に対する原告の答弁
(一)原告は、被告らを含む組合員に貸付けた貸付金の中より、昭和四〇年一二月二三日に開催された原告組合川崎支部大会において承認された
(イ)斗争資金積立金(一人当り) 金三、〇〇〇円
(ロ)組合斗争分担金(一人当り) 金二、〇〇〇円
内訳 第二次全硝労分 金一、〇〇〇円
第三次全硝労分 金 三〇〇円
第四次単組分 金 五〇〇円
越年全硝労分 金 二〇〇円
合計金五、〇〇〇円
を徴収して各組合員に手交したものである。
従つて、右の金五、〇〇〇円を差引いた額を各組合員に貸付けたものではない。
(二)昭和四一年三月二日訴外会社より支給された金額中より税金等が引去られて、実際被告らが受領した金額が被告ら主張のとおりであることは認めるが、同年三月四日開催された原告組合川崎支部大会において訴外会社より組合員に支給された金員(税金等を控除しないもの)を返還するものと決定されたものであるから、訴外会社より現実に支給された金額を返還すれば足るというものではない。
(三)被告山口和秀、同小林玄、同杉山次郎、同山腰信夫を除く被告二六名が原告に対して各金八、八〇〇円の預託金返還請求権を有することは認める。被告山口和秀、同杉山次郎は原告に対して各金七、八〇〇円、被告小林玄、同山腰信夫は原告に対して各金六、六〇〇円の預託金返還請求権を有するに過ぎない。
よつて、原告は右被告らの有する預託金返還請求権の範囲内において被告らの相殺の抗弁を認める。
(四)原告が、本件貸金のうち訴外会社より現実に支給された金額を超える部分につき、放棄ないし免除したとの点は否認する。
(五)権利濫用の抗弁は否認する。
第五、証拠(省略)
第一、二目録、会社支給の一時金一覧表(省略)